物語讃歌

物語について語ります。 Twitter:@monogatarisanka

「君の名は」対話篇~三番目の主人公~

桃子「義三さんもう『君の名は』ご覧になった?」

義三「やたら急に始めるんだね。」

桃子「あら、私の都合じゃなくってよ。」

義三「じゃあ、誰のだい?」

桃子「今これを書いてらっしゃる方の都合よ。評論で書くと分かりづらい文章になるから会話で進めたいんですって。」

義三「なるほどプラトン気取りというわけか。だとしたってなぜ僕らなんだ。」

桃子「一昨日読んだからですって。」

義三「だとしてももっと適役がいそうだが…」

桃子「まあいいじゃないの。それで、もうご覧になったの?」

義三「ああ、見たよ。桃ちゃんはもう見たんだろう?どうだった?」

桃子「私は好きよ。はじめの方はなんだか駆け足で驚いたけど。でも、中盤に入ってからのプロット・ツイストはびっくりしたし、時間を超えた二人の愛はとっても素敵だったわ。義三さんは?」

義三「僕もとても楽しめたよ。ところで、桃ちゃんはあの二人の愛は運命だと思うかい?」

桃子「難しいわね…私はね、何故だかわからないけどあまり運命だと言う感じはしなかったのよね。あれだけたくさんの奇跡が起きていたのに…どうしてかしら?」

義三「それについて考えていたんだ。一つ聞いてみないか?」

桃子「あら、どうして男の人ってすぐに感動の腑分けをしたがるのかしら。いやあねえ。ロマンが無くってよ。」

義三「僕は医者だから腑分けも好きなのさ」

桃子「まあ。でも、いいわ。きょうはあまのじゃくは無しにしてあげてよ。」

義三「ありがとう。まず、僕はこの映画には3番目の主役がいるんじゃないかと思うんだ。」

桃子「三葉さんと瀧さん以外の三人目という事かしら…?」

義三「いいや、正確には人じゃないんだ。『繭五郎の大火』って言葉が映画の中で出てたけど覚えてるかな?」

桃子「ええ、確かそれでお神楽なんかのいわれが分らなくなってしまったのよね。」

義三「彼女の祖母はそう言っているけど、僕は実際にはそれ以前に儀式の意味などは忘れられてたんじゃないかと思うんだ。」

桃子「あら、どうして?」

義三「たとえ文書が失われてもそれを直接読んだことがあるであろう人、例えば宮水家の人が生き残っている以上、知っていることを新たに書き残そうとしないはずがないと思うんだ。」

桃子「それもそうね、現代まで宮水家は残っているんですものね。」

義三「それにね、宮水家が守ってきた儀式の本来の使い道を当時の人々が知っていれば『繭五郎の大火』はそもそも起こらなかったんじゃないかと思うんだ。」

桃子「本来の使い道…?未来を見ると言う事かしら?」

義三「その通りだよ。お神楽のシーンの最後で三葉と四葉が分裂する流星と同じ形を作った所があったろう?」

桃子「あったかしら?」

義三「まあそう解釈もできるっていうだけだけどね。僕は宮水家に受け継がれてきた伝統の本来の使い方は『未来を見ることで災害などを予見し被害を無くす、あるいは抑える』という物なんじゃないかと思うんだ。流星が二つに割れたのを象徴として捉えれば、世界線を移動していると考える方がいいのかもしれないけど。」

桃子「それは私もなんとなく思ったわ。あら、でもそうなると二人の恋愛は…。」

義三「うん、能力の本来の使い道を知らないが故の使い間違い、と言ってしまってもいいのかもしれないね。」

桃子「なんだか夢がないわねえ。でも、『繭五郎の大火』は当時の宮水家の人が能力の事をちゃんとわかっていれば起こらなかったはずと言ったのはそういう事なのね。」

義三「うん。お神酒や組紐もある種の保険だったんじゃないかと思うんだ。万が一うまくいかなかった時のために未来の人が過去のある時点へ戻ることができるようにとか…。」

桃子「最初からそういう意味があるお神酒だったと考えれば、たしかにあのシーンも脈絡のない奇蹟ではないわね。でも、それもロマンチックじゃないわねえ。」

義三「組紐の用途はよくわからないけど過去と現在の二人を繋げる結びの役割をしていたのかもしれないね。」

桃子「…そういえば、かたわれ時のシーンで瀧さんが三葉さんに組紐を渡していたわよね。」

義三「そうだね」

桃子「その時、名前を書くようにってペンを渡したけど、かたわれ時が終わったらペンは今の時代に戻ってきてしまっていたわよね。」

義三「ああ。そうか。あのシーンで時間を超えて移動できたのは組紐だけだったんだなあ。」

桃子「二人の結びの象徴なのかしら。」

義三「そうじゃないかな。二人がすれ違う時にお神楽の鈴が鳴る事が何度かあったけど、あれは二人の間の結びが失われていないことを示しているんだと思うよ。ところで桃ちゃん、最初の『二人の愛は運命か』っていう質問だけど。」

桃子「宮水家の能力の本当の使い道が恋愛成就じゃないんだとしたら、運命じゃないんじゃないかしら。でも奇蹟だとは思うわ。」

義三「そうだね。『奇蹟だけど運命じゃない』とでもまとめるべきなのかな。でも、運命じゃないからこそ…」

桃子「二人の愛は本物?」

義三「うん。この映画を『宮水家の能力の本来の使い方を取り戻す物語』として捉えると、実は二人が恋に落ちた事実はここで起こっている奇蹟の直接的な結果ではないことがよくわかると思う。」

桃子「二人の恋愛と能力の正しい使い道の再興、実際には二つの事が同時進行していたのね。」

義三「最後のシーンで二人がすれ違う時に鈴の音がしなかったのは、最終的に二人を結び付けるには結びの力ではなく二人の愛の力が必要だったということじゃないかな。」

桃子「最後のシーンで二人が声を交わしたのは瀧さんが声を掛けたからですものね。」

義三「そうだね。」

桃子「運命じゃないからこそ尊い愛…。たとえ奇蹟に導かれても選び取ったからこそなのね…。」

義三「うん、そうだね。…民子さんに言われたことがあるよ『愛してさえいれば、いつでも結びつけると考えるのは、まちがいだわ』ってさ。」

桃子「…そろそろお昼にしましょうか。義三さん。」

義三「そうだね。」

 

※桃子と義三は川端康成作「川のある下町の話」より借用